皇帝の町 ペトロポリス (PETROPOLIS)



ペトロポリス市は、南緯22度32分、海抜840メートル、リオデジャネイロの北70キロ、車で1時間半弱、大西洋海岸山脈を登った山間の地にある。ペトロポリスは夏も比較的涼しく、過ごし易い亜熱帯性高原気候で、緑の山々に囲まれた、静かで美しい、日本の軽井沢を思わせる避暑地である。事実、ブラジルの帝政時代には、夏の保養宮殿が建てられ、リオの別荘地として、ブラジル有数の避暑、観光、文教の地として広く知られ、今にいたっている。1981年、大統領令により「皇帝の町」(Cidade Imperial)と言う称号を得た。

 ペトロポリス市中心部の眺め アクリル画


1. 町の歴史
ペトロポリスは、1720年、金鉱ブームのミナスジェライス州とリオ港間を結ぶ道路が完成した時に、その経由地としてはじめて歴史上に登場した。その一世紀後の1830年、時の皇帝ドンペドロ一世がこの地を訪問して気に入り、土地を入手、ドンペドロ二世がここに夏の保養宮殿と町の建設を計画(ブラジル最初の計画都市となった)、1845年、ドイツより入植者の第一団が到着して町作りが始まった。ドンペドロによって作られた町と言う事で、この地は、ペトロポリスと名づけられた。ドンペドロ二世は気候の良いペトロポリスを好み、毎年夏の何ヶ月かを欠かさずこの地で過ごした為、王室、貴族をはじめ、政府高官から各国大使に至るまで、多くのVIPがここに別邸を持って、夏には大移動してきた。そのために、この町には歴史的な建物が数多く残っており、静かで美しい街の景観と共に多くの観光客を引き付けている。
その後も、ブラジルの文化の中心的存在となっており、1883年には、ブラジル最初の鉄道がリオ‐ペトロポリス間に開通した。これは日本の鉄道開通より11年遅れてはいるが、海岸山脈を登るアプト式鉄道と言う高度な技術を要するものであった。さらに、ブラジル最初の自動車専用高速道路が作られたのも、リオ‐ペトロポリス間であった。ブラジルの飛行機の父といわれるサントスドゥモン、文豪シュテファンツヴァイク、その他数多くの著名な文化人がペトロポリスに住んできた。
日本との関係では、1895年に日伯修好通商航海条約が締結されて、最初の在伯日本大使館がペトロポリスに置かれた。更にこれを記念して、条約締結100周年に当たる1996年には、リオの日系四団体が300本の桜を寄贈、市内各所に植樹した。2001年の7月には、帝国博物館中庭で、日系団体主催のお花見の宴が開かれ、日伯の絆を深めた。




2. 地理
面積 811km2。人口286,348人(2000年国勢調査)。ドイツ、イタリア系が多く日系人は僅かである。平均気温最高23oC、最低14oC、亜熱帯性高原性気候。
ペトロポリスの半径500km以内に、ブラジルの全人口の65%、全産業の70%が集中している。



3. 文化、教育
ペトロポリスは、ブラジルで最も文盲率の低い町であり、大学も、古くからのカトリック総合大学、医科大学の他、最近リオの大学が進出してきている。文化人が多く住み、各種の国際会議も度々開催されている。また、気候がよく、交通の便も良い事から、ペトロポリスにハイテク産業を誘致し、テクノポリスとすることが、州で計画されている。その第一陣として、LNCC Laboratorio Nacional de Computacao Cientifica na cidadeが建設されて、技術研究の他に、市民へのIT教育が始まっている。

4. 産業
サンパウロ州アメリカーナ市に繊維産業が移る以前は、大型の繊維工場が多数存在し、ブラジルの繊維産業の中心であった。現在も家内工業的な小繊維工場が多数あり、週末には、近隣都市から、その直売店へ仕入れに来る人達を乗せた団体バスが通りを埋める。現在は産業が多様化し、世界に三個所しかないと言われるジェット機エンジンの専門解体修理工場(GE-CELMA)や、世界中に輸出しているサングラス用レンズ(SOLAR BRASIL)、歯科治療用材メーカ(DENTSPRAY)、生産工場の心臓と言われる煙管ボイラのブラジル随一の工場(AALBORG)等がある。



5. 見所
皇帝博物館 (Museu Imperial):
1845年に建設が始まり17年後に完成した元の宮廷。この宮廷には王家の家族が30年以上も住んだ。共和国宣言で王家が追放された後、学校として使われていたが、ペトロポリス創立100周年の1943年に皇帝博物館となり、ブラジルで最も来館者の多い博物館の一つとなっている。皇帝時代の貴重な品々が数多くあり、特にドンペドロ二世の王冠が有名である。

  皇帝博物館  アクリル画


クリスタル宮殿 (Palacio de Cristal):
周囲が大きなガラスで囲まれた温室のような建物。農産物展示会会場として1884年落成。フランスのメーカに発注して作らせたもので、エッフェル塔建設と同時期に当たり、産業革命による工場生産方式の走りとなった。



サンペドロ デ アルカンタラ大寺院 (Catedral Sao Pedro de Alcantara):
18世紀のゴシック様式の代表作。敬謙な信者であったドンペドロ二世の膨大な資金援助で、1876年定礎式が行われて建設が始まり、1939年完成した。ドンペドロ二世とイザベル王女の霊廟のある皇帝礼拝堂が、この内部にある事は有名である。

  サンペドロ デ アルカンタラ 大寺院   アクリル画

その他、現在大統領の別邸として使われている、1890年建設のリオネグロ宮殿(Palacio Rio Negro)。ブラジルの飛行機発明の父、サントスドゥモンの別荘として、1918年完成のサントスドゥモンの家(Casa de Santos Dumont)。第二次世界大戦の最中、1944年に完成し、1947年、米国トルーマン大統領の出席で開催された米州会議のおこなわれたホテルキタンジーニャ(Hotel Quitandinha)。その他、帝政時代に貴族の宮殿として建てられ、現在史跡指定を受けている建物が多数ある。

  ホテルキタンジーニャ   アクリル画


付表    市歴史年表 ブラジル及び世界の動きとの比較

参考文献  ペトロポリス市紹介ホームページ http://www.petropolis.rj.gov.br
市教職員採用試験用テキスト「ペトロポリスの歴史」
2002年4月   

                   ホームページへ